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子供の自己肯定感を高める為に大切なこと

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初めに

 子供の自己肯定感を高めたいと思っているお父さんお母さんは、とても多いのではないでしょうか?

自分自身のありのままを認めて肯定できる力を育むことができれば、その後の人生がとて生きやすくなると思います。

ただ、子育てというものはどこかで習うわけでもなく、ただなんとなく親がしていたことと同じことを子供にしてしまう場合が多いと思います。

しかしそれでは、時に子供を傷つけてしまったり、親が良かれと思っている関わりが原因で、良くない方へと向かってしまう場合もあるのではないかと思います。

 今回はそんな私の思う、子供の自己肯定感を高める為の関わり方や気を付けることについて、書いていきたいと思います。

子供のいるところで子供のことを悪く言わない、下げる発言をしない

 昔は、親が子供自身の前で子供のことを悪く言うのは、普通のことであるような概念があったのでないでしょうか?

例えば他人から子供のことを褒められても、謙遜したり否定したり、逆に照れ隠しで子供の良くないところを話してしまったり。

謙遜が美徳とされる日本人は、身内である子供のことを褒められても、素直に受け取って肯定できないことが多かったのではないでしょうか。

 しかし子供からすると、自分が褒められているのにそれを親が否定して、さらに自分の悪いところまで話されていたら、とても傷つきます。

1番大切なのは自分の子供の心です。

親バカだとかしつけがどうとか、他人からどう思われようと、そんなことはどうでも良いのです。

もし子供のことを褒められたら、おもいきり同意しましょう。

むしろさらに子供のいいところを褒めて自慢しましょう。

子供は、親が自分のことを誇らしく思ってくれている、と思うだけで、自己肯定感が育まれるのだと思います。

褒めることができないとしても、せめて子供の悪いところを子供の前で言わないように気を付けることが大切です。

叱る時はみんなの前ではなく、違う部屋で、他の人の目のないところで

 これは大人が仕事をする上でも言えることだと思うのですが…

例えば部下がミスをしてしまった時や、良くないことをしてしまった時。

本当に仕事ができて配慮のできる上司は、他の同僚がいる前でそれを本人に指摘するのではなく、2人で個人的に話せる他に人のいない場所で、それを指摘すると思います。

他の人が大勢いるところで指摘をすると、指摘された本人は恥ずかしさを感じて劣等感を感じたり、指摘を素直に受け取れない可能性もあったり、その人を貶めるという見せしめ的な意味もでてきてしまうのではないかと思います。

 子供への指摘も同じで、叱る時はみんながいるところで伝えるのではなく、できるだけ違う部屋で、他の人の目のないところで伝えましょう。

子供だってみんなのいる前で叱られたら恥ずかしいし、悲しいはずです。

ただ小さい子供の場合は、良くないことをしたらその場でその時に伝えないと子供自身に伝わらないという場合もありそうなので、その点との塩梅は難しいところがあるかもしれませんが…

癇癪時の対応

 子供の自己肯定感に関わる対応の1つとして、癇癪時の対応があると思います。

なかなかこういった時の対応についてはどこかで習うわけでもなく、みんななんとなくで対応している場合もあるのではないかと思います。

またその子供の性格や特性によってもより良い対応というものは異なってくると思うので、ここではあくまでも私が子供に関わる上で気を付けていることについて書いていきたいと思います。

まずは共感 

 私は子供の癇癪時は、まずは共感しています。

気持ちの代弁をして、「悲しいね」、「怒れちゃうね」、「辛かったね」、「〇〇したかったね」と、とにかく共感します。

ただそれを伝えると、より本人がその気持ちを感じて、一時的に感情がヒートアップしたように感じる時もあるのではないかと思います。

でもたぶん、それでいいのです。

とにかく感情を感じきることが大切なのです。

 怒り、悲しみ、喜び、どの感情も宝物で、無駄なものやダメものは1つもありません。

自由に自分の気持ちを感じていいのです。

そしてその気持ちをめいっぱい感じきることが必要です。

未消化の感情は必ず残ったままとなり、大人になってもそれは影響してきます。

怒りや悲しみを悪いものだとして抑える必要はどこにもないのです。

子供が感じた自由な感情をとにかく感じきれるよう、大人は支援する必要があるのです。

まずは大人が子供の感情にとことん寄り添います。

 そこから徐々に子供はその感情をコントロールできるようになっていくのだと思います。

大人が子供の感情を言語化してあげることで、子供は徐々に癇癪ではなく、自分の言葉で「○○したかった」「悲しかった」「怒れてしまった」等と伝えてくれるようになります。

できることとできないことを伝える

 そこから次に、親ができることとできないことは子供に明確に伝えます。

子供の癇癪が起こる理由には実に様々な、ありとあらゆる理由があると思います。

自分で服を着たかった、まだおもちゃで遊びたかった、等叶えたかったけど叶えられなかったという現実的な感情からくるものから、靴下を頭からかぶりたかった、うさぎになりたかった等、非現実的な願望からくるものまで、その理由は多岐にわたるでしょう。

 親は明確に、できることはできる、できないことはできないと伝えましょう。

そこで感情や否定を一緒に入れる必要はありません。

ただ事実を淡々と伝えるだけで良いのです。

私の場合は、前項の「○○したかったね、悲しいね、怒れてくるね」の声掛けの後に、「でもこれは今はできないんだ」等と伝えています。

子供から離れてクールダウンをしてもらうのを待つ、見守る

 前項の対応をしばらく続けても子供が落ち着かず、クールダウンができなさそうなら、一旦子供から離れても良いと思います。

その場合は、「ちょっと〇〇(名前)が落ち着くまでむこうにいるね。落ち着いたら来てね」と声をかけてから離れます。

それにより、子供は自分1人で過ごすことにより、自分自身で感情と向き合い、自分1人でそれを落ち着かせる術を少しずつ学んでいきます。

 親は子供から離れてからも、子供からもわずかにこちらの姿を確認できそうな場所にいるか、大人からは子供の姿が確認できる場所で、子供から声をかけられたらすぐに気づいてそばに行ける、もしくは子供がすぐに自分から来られるような距離感の場所で待ちます。

子供によっては癇癪を起こした時に、怒りから自分のことを傷つける自傷行為や、他者のことを傷つける他害行為、またまわりのものを壊したり乱暴に扱ってしまうような状態になる場合があります。

そういった危険性がある場合はそばから離れないことが必要ですが、1人でクールダウンをしている間にも危険な状態になってしまう場合もあると思うので、私の場合はクールダウンを促して離れている最中も、子供から完全には目を離さないようにしています。

 また、子供が親から見捨てられたと感じないよう、あくまでも子供が親が自分のすぐそばではなくても近くにはいてくれている、待ってくれていると感じられるようにしています。

時々親の方から気にして子供に声をかけてみてもいいと思います。

ずっと付き添っていなくてもいい 

 私自身の場合で言うと、昔は子供が癇癪を起こしている間は、落ち着くまでずっと傍で付き添ってあげているのが最善の対応だと思っていました。

気持ちが落ち着かず泣いたり怒ったりする子供を1人にすることができなかったし、それを置いて自分が離れることは良くない対応だと思っていたのです。

しかし、娘の場合は以前は長い時だと1時間近く癇癪を起こしていた時もあり、ずっとその間傍で付き添い続けるのは大変でした。

そして2人目の子供が産まれてからは、それは現実的に困難となりました。

その時に保育士さん等に相談して、今の対応に変えていくこととなりました。

 ある程度子供自身の気持ちに共感して傍にいてあげた後であれば、親が疲弊しないように一旦子供と離れたり、子供が自分自身で気持ちを落ち着かせられるように支援することは必要な関りだと今では感じています。

最初からいきなりクールダウンの為に離れてしまうと良くないですが、子供の心に共感するという土台となる関わりがあれば、子供にずっと付き添っていなくてもいいのではないかと思っています。

クールダウンをする為のスペースがあると良い

 またこういったように親と離れて子供1人でクールダウンをする場合は、その為の場所があるといいようです。

本人が1人で落ち着いて過ごせて、お気に入りのおもちゃや好きなものが置いてある、狭くてある程度外からの刺激が遮断されるようなスペースが、そういった場所に最適です。

小さな子供用のテントのようなものに、子供自身の好きなおもちゃや、ふかふかの毛布などを入れて、普段からお気に入りの場所として整えておくと良いかもしれません。

 子供が落ち着かない時に、子供に「少し気持ちを落ち着かせる為に、○○(名前)のお部屋で少し1人で過ごしてみようか?」と提案し、同意が得られたら そこでしばらく1人で過ごしてもらいます。

そして落ち着いたら自分でその場所から出てきてもらいます。

落ち着くことができたら、その場所で過ごすことによって自分で自分の気持ちを落ち着かせることができたたことを支持します。

 そういったことを繰り返すことにより、自分で気持ちが落ち着かなさそうになったらクールダウンの部屋に入って、気持ちを整えてから出てこれるようになったりすることができるようになっていくのではないかと思われます。

ただこの場合はあくまでも 本人の同意があることが大切で、親が強制してしまうとただの1人で過ごす罰を与えるようなことになってしまうことと、ある程度子供の年齢が大きくなり自分の気持ちや状況を言語化できることや、自分で自分の気持ちをコントロールする必要性を感じるようになっていることが前提として必要なのかなという風には感じます。

子供を抱きしめると効果的

 子供は時間が経つにつれ、自分の気持ちに共感してもらえたと思ったり、怒りや悲しみの感情を感じきったら、少しずつ気持ちが落ち着いてくるものだと思われます。

それまでは親はしばらく子供に付きそって、声掛けをしたり、場合によっては抱きしめたりします。

子供は泣いたり怒ったりしていても、親からの身体的接触を受けると、気持ちが落ち着いていくことも多いように感じます。

 特に癇癪の終わり頃には、子供自身でもなぜ怒っていたのか、泣いていたのかわからなくなっていたり、気持ちの落ち着け方がわからなくなってしまっているような場合は、親が子供を抱きしめてあげることで 気持ちがすっと落ち着いていくこともあるのではないでしょうか。

なによりそうすることで子供は安心感や、自分が愛されているという嬉しさを感じられるから、気持ちを落ち着かせることができるのだと思います。

落ち着いてこれたら 自分で落ち着けたことを支持する

 こちらはクールダウンの項でも少し書きましたが…

子供が落ち着いて話せるようになったら、自分で自分の気持ちを落ち着かせることができたことを支持します。

私の場合はそのまま、「自分で気持ちを落ち着かせられたね」と伝えます。

「偉いね」「頑張ったね」ではなく、「自分で自分の気持ちを落ち着かせられたね」とありのままのことを伝えるだけで良いのではないかと思います。 

ここはあくまでも、子供が「泣きやめたこと」「怒るのをやめたこと」を支持するのではありません。

泣くことも怒ることも、その感情の表出自体はけしてなにも悪い事ではありません。

ただ、自分で自分の気持ちを落ち着かせられたことを親が喜ぶ気持ちだけを、伝えてあげれば良いのです。

 私自身も下の息子が泣いているとつい、「泣かないで~」と言ってしまったりすることもあります。

でも、本当は子供にそういったありのままの感情の否定をすることなく、全ての感情を肯定してあげたいと思っています。

 子供が親に子供自身の全ての感情を肯定されることで、子供自身も全ての自分の感情を肯定できるようになります。

逆に親が子供の全ての感情を肯定できないということは、親自身も自分の全ての感情を肯定することができていないのです。

親が子供にできていないことは、親は自分自身にもできません。

親が自分自身を大切にしていなければ、子供のことも大切にすることはできないのだと思っています。

ポジティブに言い換えれば、親が自分自身を大切にしていれば、同じように子供のことも大切にすることができるのではないでしょうか。

振り返り

 もし可能であれば、子供の気持ちが落ち着いてから最後に改めて、子供の癇癪が起きた原因や今後の再発予防策について話し合えると、よりベストではないかと思います。

例えば「○○したくて怒れちゃったね。でも○○だったから、今回はできなかったね。また○○の時にしようね」など、改めて言語化して子供に伝えてます。

子供と話し合える場合は、「この時どんな気持ちだった?」「こういう時はどうしたらよかったかな?」「次はどうしてみるといいと思う?」等、子供に聞いたりしながら話し合うのも良いのではないでしょうか。

子供は同じことを伝えていても癇癪を起こして怒ったり泣いたりしている時は、こちらの声掛けは全く入っていっていないことも多いのではないかと思います。

子供が落ちついた状態になってから改めて伝えていくことで、子供自身が現実を理解したり、今後どうしたら良いのかを考えたり、気づくことができるようになるのではないかと思います。

ただあくまでもこの振り返りはさらっと、しつこくなったり子供を責めたりしないように、前向きな話し方で行いたいところです。

他者と比べない、もし比べるなら過去の子供自身と

 子供のことを他者と話す上で、よくやってしまいがちなことではないかと思います。

自分が過去に大人から、他の子供やきょうだいと比べられた経験や記憶があるという大人の方は、結構多いのではないでしょうか?

子供のことを他者の前で悪く言わないという項目についても同じですが、昔はそれが良くないことであるという概念がそもそもあまりなかったのではないかと思います。

子供の心を傷つけない関わりというものについての大切さや必要性が、今ほど認識されていなかったのではないでしょうか。

 子供は他者と比べられ、優劣をつけられることで、自分はありのままの自分で良いのだ、良いとこも悪いところもあるけれどそんな自分は結構いい感じだ、と思うことができなくなります。

もし自分が同じことをされたらどうでしょうか?

大人同士で、誰かが自分がいるところで、自分と他人のことを比べて優劣をつけている話をしているのを聞いたら、嫌な気持ちにならないでしょうか?

親自身がされたら嫌なことでも、子供にはそれを気づかないうちにしてしまっているということがあるので、その点については私は気を付けていきたいと思っています。

 比べられることで子供自身に与える影響で、良いものというのは何一つないと私は思っています。

たとえ優劣の優をつけられた側だったとしても、それを子供が聞くことで無意識のうちに劣をつけられた相手を蔑んだり下に見る気持ちが産まれることもあるのではないかと思います。

とにかく誰ともなにとも比べないようにしたいものです。

子供のノーを肯定する、尊重する、軽く扱わない

 親が子供と遊んでいる時に、例えばくすぐったり、ふざけて体を持ち上げたり、子供が喜ぶと思って、もしくは親が面白いと思って、良かれと思ってやっていることがあると思います。

そういった時にもし子供が、「もうやめて!」とノーを言ってきたら、その時はすぐにその行動をやめてあげて欲しいのです。

子供がノーを言っても、それを大人が真剣に受け取らず、ノーと言われた行動をしばらく続けてしまう場合も時にあるように思います。

 子供のノーを尊重することは、いかなる時も嫌なことは嫌だと言っていいのだと知る事、そして自分の発したノーがきちんと聞いてもらえるのだという安心感を育むことにつながります。

逆にノーが尊重されないと、子供は嫌なことを嫌だと言っても聞いてもらえない、無駄なのだと感じて、ノーを言うことを諦めるようになってしまうかもしれません。

もし痴漢にあった時や性加害を受けた時にも、子供自身に臆せず強いノーを言えるようになってもらう為には、まずはまわりの大人や親が、子供のノーを軽く扱わず、尊重することが大切であるのではないかと思います。

怒らないよ、泣かないよを言わない

 癇癪の対応の項目でもあげていますが、大切なことなのでもう改めてもう1度書きたいと思います。

怒ってもいい、泣いてもいいのです。

親自身が子供のどんな感情でも肯定して、どんなあなたでも受け入れるよと伝えてあげることで、子供自身も自分のどんな感情も受け入れられるようになります。

そして他者の怒りや悲しみ、どんな感情も許して受け入れられ、肯定できるようになります。

 私自身は、特に自分自身の怒りの気持ちを今でも受容することができていません。

どこかで怒ってしまう自分を否定してしまっています。

でもまずは、怒ってしまう自分を肯定するところから始める必要があるのです。

怒りという2次感情のもとには、悲しみや寂しさや不安等、もとになっている隠れた1次感情があります。

私達がやるべきことは、怒りの2次感情を持った自分を非難したり落ち込むことではなく、そのもとになった1次感情について目を向けて考え、そんな自分を認めて受け入れてあげることが必要なのです。

だからこそ、自分や子供のどんな感情も肯定していく必要があります。

自分の気持ちを大切にして、相手に伝える

 子供の気持ちを受けいれて、尊重することは親の関りとしてとても大切なことです。

しかしだからといって、親が子供に嫌なことをされた時に、怒ったり悲しくなったら、それはきちんと子供に伝えていいのです。

大人も自分自身の感情や気持ちを大切にする必要があるからです。

気持ちを我慢してためていたら、必ずどこかで爆発します。

大人自身もきちんと自分の気持ちを伝えることが必要なのです。

そういう時は笑ったり怒ったりせず、できるだけ落ち着いたトーンか低いトーンで、「それは嫌だな」「悲しいな」「やめてほしいな」と、たんたんと子供に気持ちを伝えましょう。

 怒りや悲しみがもとにあると、その感情にひきずられてしまい、なかなか淡々と気持ちを伝えるというのが難しくてできないのですが…

私自身はそれが大きな課題なので、少しずつできるようになっていきたいなと思っています。

動画や好きなことをやめさせるタイミングについて

親が勝手に決めてしまわない 

 例えば、親の都合で家事をしたい時や、子供に静かに1人で待っていてもらいたい時に、子供に動画を見せたり 特別なおもちゃで遊ばせることは時々あるものではないかと思います。

そういった時に、親のやることが終わり 子供が動画や遊ぶのをやめるタイミングを、親が勝手に決めて判断していないでしょうか?

「はい、じゃあこれで終りね。おしまい」と、親が一方的に決めてしまうと、子供は当然受け入れがたく、気持ちの切り替えもできず、怒ったりすねたりするのではないかと思います。

しかし子供自身も親と対等な人間であると考えたら、その関り方は果たしてどうなのでしょうか?

 例えば、親自身が動画を見ていたり好きなことをしている時に、夫や他の家族から突然「はい、もうこれ見るのやめてね」「もうこれやるの終わりね」と突然決められて無理やり終了させられたら、果たしてそれを受け入れられるでしょうか?

子供にとっても、まだ動画を見たり遊びたかった気持ちを認められない悲しさややるさせなさを感じると共に、親とはそういった理不尽なことをしてくるものなのだという気持ちが強まってしまうのではないかと思います。

 親の都合で動画や遊びをやめる時は、本人も納得できるタイミングを相談して、一方的に親の都合でやめないことが大切なのではないかと思います。

子供だから親がその全ての行動を勝手に決めていいのではなく、子供を同じ対等な存在として見て接していくことが必要なのではないでしょうか。

動画や遊びの場合は、終わりにできるタイミングを子供と相談して決めたりすると良いのではないかと思います。

 我が家では動画をまだ見ている途中の場合は、「この1本を見終わったらやめようね」と子供と話し合って決めたり、遊びの場合は「この今遊んでいるおもちゃで遊び終わったらにしようね」と話したり、あとは時計の時間や数字がわかる子供であれば、「〇時になったら終わりにしようね」「時計の針が数字の〇のところにきたら終わりにしようね」等、子供と一緒に話し合って決めておくと、子供もそれを受け入れて やめられることにつながるのではないかと思います。

子供自身の意思もくんで、1つ1つ決めていくことが理想となりますね。

なかなか全てがそううまくはいかず、どうしても親が主導で決めてしまうことも現実的には多いとは思うのですが、できればそういった形を目指していきたいなと、私は思っています。

何度も事前予告とカウントダウンをして、心の準備をしてもらう

 同じく、遊びを中断する時。

子供に突然「はい、じゃあもうおしまいだよ。終わりね」と言ったら、子供は受け入れてくれるでしょうか?

大抵の子は、まだ遊びたかった、まだあれもこれもやりたかったという気持ちがあれば、「えーまだやりたかった、終わりたくない」と嫌がるのではないかと思います。

 子供はその時その時を一生懸命生きています。

その時が全てなのです。

そして大人からすればくだらない、たわいのない、意味のないことをしているように見えても、子供にとってはそれが本当に真剣で、大切で、何にも代えがたい大仕事なのです。

子供がそんな風に大切に思っている作業を中断してもらうには、少しずつ心の準備をして気持ちを切り替えてもらうことが必要です。

その為に、親の都合で突然終わりを告げるのではなく、少しずつ事前に予告をして、さらにカウントダウンをして、気持ちを切り替えてもらいやすくしてみましょう。

 例えば公園から帰る時。

帰る時間の15分前から、子供に「もう少しで帰るよ」と声をかけ始めます。

そうすれば、子供はもしかたら「もう少しで帰るならこの遊具で遊んでおこう。」「これをやっておこう」と思って行動してくれるかもしれません。

そしてまだ遊びたいという気持ちから、少しずつ帰られければならないという気持ちに切り替えができるようになっていきます。

 時計が読める子供の場合は、5分前になったら「あと5分したら帰ろうか」と伝えて、その後も刻んで時間を伝えていくなど、具体的に伝えていくと良いかもしれません。

まだ時計が読めなかったり時間の概念がない小さい子供の場合は、「この遊具で遊んだら帰ろうね」、「滑り台をあと3回滑ったら帰ろうね…じゃあ最後にこの1回を滑ったら帰ろうね」と細かくカウントダウンをしていくと、わかりやすく受け入れてもらいやすいでしょう。

 子供の気持ちになるべく寄り添い、子供の満足感や納得感が得られるように工夫して関わることで、子供自身の幸福度やが高まったり、自己決定できた、大切にされたと感じる気持ちは育まれていくのではないかと思います。

食事は嫌いなものを無理に食べさせない

 子供の食べ物の好き嫌いへの対応については、親となった人ならみなさん、少なからず悩まれたことがあるのではないでしょうか?

野菜を食べたくない、好きなものしか食べたくない、果物や甘いものしか食べたくない、食べたことがないものは食べたくない…

 私自身も上の娘が偏食気味で、どう対応したらいいのか悩んでいましたし、今でも正解がなんなのかは完全にはわかりかねているところはあります。

ただ、今のところ思っているのは、食べたくないものや嫌いなものを無理に食べさせなくてもいい、ということです。

 昔は、好き嫌いなくなんでも食べなればいけないという概念が強かったのではないかと思います。

しかし今は、無理に嫌いなものを食べさせられることで、食事の時間自体が子供にとって苦痛なものになってしまっては意味がない。

あくまでも食べるようになるかどうかは子供が決めることで、親が決めたり強制することではない。

ある程度生きる為の栄養がとれている子供であれば、育っていける。

食事の時間が苦痛なものになってしまうのでなく、子供にとって楽しいものになるようにしなければいけないのだと考えています。

 ただ、だからと言って 子供が好きではないものや苦手なものを食べることを親が諦めるのではなく、好きなではないものや苦手なものでもそれを避けることなく、親が食卓に出し続けることと、親が美味しそうに食べる姿を見せ続けることが必要になるのだと思っています。

そして子供が好きなものやデザートを食べる前に、嫌いなものや苦手なものを「一口食べてみない?」と誘ってみるようにもしています。

あくまでも食べるかどうかを決めるのは子供自身なので強制はしませんが、親の方から子供が食べられないものにもチャレンジできる機会を作っていくことで、いつかは食べられるようになる時がくるのではないか?と思っています。

 ただ極度の偏食で栄養がとれないという場合は、また異なった対応が必要になってくるとは思います。

 子供の好き嫌いを受け入れるかどうかは、今の時代でも親によって対応に違いがあるように思います。

子供の嫌いを受け入れることは、場合によっては特に昔の考えが強いおじいちゃんおばあちゃん世代の人や、子供に厳しめに対応している人にとっては、甘やかしているように思われることもあるかもしれません。

また子供によっても ある程度厳しめの対応をする方が良い場合もあるのかもしれませんし、これについては何が確実に正解だと言い切れないところはあるでしょう。

保育や療育の専門家に意見を聞いても、対応については意見が別れるところではありました。

我が家も、今後も悩みながらやっていくところなのかもしれないとは思います。

本人に課すハードルは 低すぎず高すぎず、丁度良いところに設定を

 食事の項でも同じことが言えるところなのですが…

例えば、子供ができないことややりたくないことを、親ができるようになってほしいと思った時。

そのハードルは、低すぎても高すぎてもいけません。

簡単すぎてもいけないし、だからと言って難しすぎて到底出来そうにないところでもいけない。

 1番いいのは、その子が少し頑張ったら到達できるくらいの目標設定にしておくこと。

そうすれば、少しチャレンジしてみて、できた時に達成感や喜びを感じられる。

またやってみよう、トライしてみようと思えると、次のチャレンジへとつながっていきます。

 これが簡単すぎると成長につながりませんし、逆に難しすぎると「できないからもうやめたいな、やりたくないな」となり、挑戦することに対して消極的になってしまいます。

こういった子供に課す課題内容の設定というのは、その子のその時の状態がどのようなものなのかを正しく見極めて、その子に丁度あったものを考える必要があります。

脅さない

 これは、私自身が子供にやりたくない、やらないようにしたいと思っていても、どうしてもやってしまうことがあるものです。

私自身、親や祖父母からこれをされてきて、嫌だったという思い出や気持ちが根強くあります。

でも、そうされてきたことはしっかりと私の中に根付いていて、今自分が子供と接している上で、つい同じように子供を脅してしまう時があるのです。

 例えば子供が言うことを聞いてくれなかった、してほしいことをしてくれなかった時に。

「○○しないとおやつは食べられないよ」「○○してくれないならもうおもちゃを捨てるよ」

こういった声掛けで子供の行動をコントロールしようとしてしまったことが、私にはあります。

 でも子供はそれを言われてしまったら、自分の気持ちと反していても親の言葉に従うしかありません。

親からの命令で自分の行動をコントロールされたという悲しみや悔しさは、子供の中に必ず残ります。

そしていつか、同じように誰かを脅して言うことをきかせようと思うようになります。

 それが自分と対等だと思っている相手にも出してしまうこともあれば、恋人など特別だと思う人だけに出てしまったり、子供など自分の言うことを聞いてくれる、自分より弱くて下だと思ってしまっている相手に出てしまう場合もあると思います。

でもそれはけして良い方法ではありません。

人対人ですから、あくまでも対等な関係で対話をしなければならないのです。

肯定的な言い回しで伝える

 子供のことを脅さないようにしたい、でも子供にしてほしいことがあるので交渉したい。

そう思った時に使いやすいフレーズとして、「〇〇したら〇〇できるよ」と肯定的な言い回しをして伝えるというものがあります。

子供が何かしたいと思ったけれどそれが難しい時に、親が「それはだめだよ」「それはできないよ」等の否定的な声掛けだけをすると、我が家娘の場合はヒートアップしたり癇癪に繋がりやすいです。

また「○○してね」などの命令形で伝えても、自分の意志で決めたいという気持ちを持っている子供の場合は、受け入れることが難しい場合があるように思います。

そんな時に、「〇〇したら〇〇できるよ」と肯定的な言い回しで子供に伝えることで、子供自身もその行動を受け入れやすくなるのではないでしょうか。

「○○したら○○できないよ」よりずっとポジティブで、子供も声掛けをされたことに対してチャレンジしやすくなるのはないかと思います。

「ダメ」という言葉の声掛けを避ける

 私達は子供に対して、「ダメ」「それはダメだよ」等と、気軽に伝えてしまっていることが多いのではないでしょうか?

でも、ダメという言葉は 強い否定的な響きと意味合いを持っています。

ダメと言われることで、親自身がそう自覚していなくても、子供自身は「自分はダメなんだ」「ダメな存在なんだ」と錯覚したり感じてしまう場合もあるのではないでしょうか。

 同じ否定的な意味合いでも、「それはちょっと難しいんだ」「それはできないんだ」とソフトな言い回しをして伝えたり、前項でもあげた通り「〇〇したらできるよ」「〇〇の時にはできるよ」とできるだけ肯定的な声掛けを付け加えることで、否定的な声掛けのイメージをやわらげることができるようになります。

 子供は大人が声をかけた通りの言葉かけを、自分も他者にするようになります。

子供は大人から言われた通りに育つのではなく、親がしていることを見て それをそのまま真似て育つのです。

親が強い言葉を使っていれば、子供も同じように強い言葉を使うようになりますし、優しくポジティブな意味合いの言葉を使っていれば、同じように真似するようになります。

同じ事柄でも違う言い方をすることで、相手から受け取られる印象というものは全く違ってくるものです。

 些細なことですが、そういったところから親が気を付けていくことで、子供自身の言葉遣いや周りの人とのコミュニケーションの取り方が良い方に変わっていくのではないかと思います。

まずは親自身がどのような言葉遣いをしているかも、考えていかないといけませんね。

大好きだよ、かわいいねをたくさん伝える

 子供には、とにかく「大好きだよ」「かわいいね」という気持ちを言葉にして、たくさん伝えてあげてほしいと思います。

これはどれだけ伝えても、相手が嫌がらない限りは 伝えすぎということはないと思います。

もっとも子供が大きくなり思春期になってくると、また伝える頻度やタイミングは考えないといけなくなりますが…

子供が小さな時は、とにかくたくさん伝えてあげると良いでしょう。

 子供は自分が親に無条件に愛されていると思うことで、自分自身を好きになれますし、自己肯定感も高まります。

ポイントとなるのは、子供が何か良いことをした時に伝えるのではなく、何もしていない時に普段から伝えておくことが大切だということです。

何かいいことをしたから子供がかわいい、大好きなのではなく、特別なことがなくともそのままのあなたが大好きで大切で、かわいいのだということを伝える必要があります。

 また「お利口だね」「偉いね」などの誉め言葉は、私はできるだけ使わないようにしています。

お利口だね、は例えば親が待っていてほしい時に待っていてくれた、静かにしていてほしい時に静かにしていてくれた等、親が期待して求める行動を子供がとってくれた時にかけられる声掛けとてして多く聞かれるのではないでしょうか?

しかし、子供が親が望んでくれる行動をとってくれることが 「利口」なのでしょうか?

では、親が望んでいない行動を子供がとったら、それは「利口」ではないのでしょうか。

それはあくまでも、親の勝手な基準や都合に合わせて決めた利口さであり、それに基づいて子供を評価する声掛けをするべきではないと思っています。

子供と大人は対等であるべきなのです。

 「偉いね」もまた同じくそういった理由から、私は使いません。

偉いか偉くないかは、親のもつ基準であくまでも決めているもので、それは親にとって都合の良い行動が良いとされるものが多いように思います。

また子供を偉いか偉くないかで評価することは、子供と同じ目線に立つのではなく、親が子供を上から見て判断していることを意味します。

 子供は親が望む行動をとらなくていいし、評価されているかどうかを気にする必要はないのです。

その点、「かわいいね」「大好きだよ」は何かの物差しで評価することなく、子供のありのままを受け入れて認める声掛けであると言えます。

その為積極的に子供に伝えていけると良いのではないいかと思います。

抱きしめる、なでる、手をつなぐなどの身体的接触をもつ

 小さな子供はいつも、信頼できる大人からの身体的接触を求めています。

それをされることで安心感を育み、自分が愛されているという実感を持ちます。

そういったものが子供の中で育っていくことで、だんだんと誰かから抱きしめられたりなでられたり手をつながれなくても、子供1人で安心して過ごしていけるようになります。

 産まれたばかりの赤ちゃんの頃は、ずっと抱っこされていないと過ごせなかったのに、少しずつ 1人で過ごせるけれど何かあった時に抱きしめてもらえると落ち着けるようになり、そしてその頻度がだんだんと減っていきます。

でも、定期的に信頼できる大人との身体的な接触を持つことで、確実に子供の心は落ちついていきます。

 いつか子供が大きくなってしまえば必ずできなくなってしまうので、させてもらえる今のうちにたくさん、愛を伝えて、子供に触れておきたいなと思っています。

そして大人もそれをすることで、子供に与えているようで、子供からたくさんのことを与えられているのだと思うのです。

最後に、参考になる書籍紹介

 ここまで、たくさんの私の思う子供の自己肯定感を高める関わりについて書いてきました。

まずは最初にも書きましたが、子供は1人1人違っているので、その子に合わせた正解がそれぞれあると思います。

なのでここに書いたことが、全てどの子にも当てはまるとは思いません。

 また親にとってもそれぞれの思う正解があるのではないかと思います。

子育てをしていると、子供への関わり方について、毎日が迷うことの連続ですよね。

私は自分のした対応について、いつも「あれでよかったのかな?」「どうしたら良かったんだろう」と悩んで考えてしまうことがとても多いです。

今でも自分の子供への対応に対して、しっかりと自信を持っているかと言われたら、そうではありません。

 しかしむしろ、私はそれでいいのだと思っています。

悩みながら迷いながら、自分と子供にとって最善の関わり方とはどういうものなのか、考えながら行動していくことが本当に大切なことだと思うのです。

自分自身の関わりに全く迷うことがない、不安や疑問を感じることのないお父さんお母さんは、逆に私はとても危険だと思っています。

自分の関わり方が本当に正しいと胸を張って言えるのだとしたら、それは本当にそうでしょうか?

子供の気持ちを100%理解して考えて寄り添って、100点の対応をすることはできないと思います。

親も人間だから完ぺきではないし、それでいいのだと思っています。

 でもできるだけ、子供の心を傷つけず、子供の心に寄り添える、そんな親でありたいと思っています。

それが子供の自己肯定感を高め、子供が生きやすくなること、また自分自身も生きやすくなること、みんなが幸せに生きていくことにつながるのではないかと思います。

 そんな私が好きで読んでいる、子供との関わり方についてや、感情のコントロールの方法についての本を 最後に紹介していきたいと思います。

こういった本や、保育士や看護師さん、児童精神科の先生からもらったアドバイスから、私の考えは作られています。


 アンガーマネージメントを学んでいた時にいろいろな本を読んでみたのですが、この本が1番参考になり良かったです。

日常生活から取り組みやすいポイントなどもたくさん載っています。

自分の怒りを否定しないということが大切だというところも、この本から学びました。


 子供の心を傷つけない関わりをする、という観点がとても勉強になります。

ツイッターやスレッズで呟かれていたところから知り、自分の子供への関りについても見直すきっかけになりました。


 子供をたくさん甘えさせていい、とにかくかわいがって育てよう、かわいがって育てると子供はいい子に育つ、という私の子育ての根幹にある概念は、佐々木先生の本から全て学んだものです。

ほとんどの先生の本を購入して、妊娠中にたくさん読んだのを覚えています。

 書かれた本は年月的には昔のものになりますが、それでも今も変わらず子供と関わる上で本当に大切なことを、たくさん伝えてくださっていると思います。

児童精神科の先生だからこそ、子供の心を守り健やかに育ってもらう為に、どのような関りが必要なのかを教えてくれています。

全ての子育てをするお父さんお母さんに、先生の本をお勧めしたいです。


 こちらの先生の本もとても好きです。

佐々木先生と同じく、子供を甘えさせてかわいがって育てることの大切さをたくさん書かれています。

いろいろなシリーズがあり、ほとんど購入して読んでいますが、漫画で読めるシリーズも多く、絵もかわいくてとても読みやすいです。

 親が自分を大切にすることで子供自身も大切にできるようになるんだという、佐々木先生も同じく言われている、とても大切なことについても書かれています。


 子供に自己肯定感を持ってもらうには、親と子供の安定した愛着関係をもつことはとても重要なことです。

精神科医である岡田先生の愛着障害についての本は、ありのままの子供を受け入れて肯定すること、子供が安定した愛情を受けることの大切さを心から感じる事ができます。

また不安定な愛着障害を持った人とどのように関わったら良いかを考えたり、自分が不安定な愛着パターンをもつ場合はどのようにそれを扱っていったらよいかも書いてあり、とても参考になると思います。

 以上で今回の投稿は終わりになります。

読んでいただきありがとうございました。

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